時事通信社が3月2日付けで次のように簡潔に伝えている。
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【村上さん新作、47万部販売=「IQ84」上回るペース】
《オリコンが1日発表した書籍売り上げの週間ランキング速報(2月20~26日分)で、村上春樹さんの新作「騎士団長殺し」(新潮社、24日発売)が2巻合計47万8000部を記録し、1位2位を独占した。
オリコンによると、2009年にやはり2巻同時発売された「IQ84」BOOK1、2の初週合計35万部を大きく上回った。同書(文庫を除く単行本)はこれまでこの2冊で286万部、翌年発売のBOOK3と併せ386万部発行されている。
「騎士団長殺し」販売の内訳は第1部「顕(あらわ)れるイデア編」が26万7000部、第2部「遷(うつ)ろうメタファー編」21万1000部。》
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たいしたものである。「出版不況」とうんざりするほど聞かされているなかでほぼ奇跡である。幸福の科学は出版布教である。しかし私は村上春樹(68)が大嫌いだ。大嫌いなのでまともに読んだことは1度もない。むかしむかし書店でなんというタイトルだったか、エラそうにずいぶん場所を取ってふんぞり返っている本があったので1冊手に取りパラパラとめくった途端、「あなたに話したいことがふたつあるのよ」とかいう女のセリフを目にし、鼻が詰まった記憶があるくらいのものだ。
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なので村上春樹についてはこれでお終い、と思ったらとんでもはっぷん、時計は十分、ウンコは脱糞である。世間のみなさまにひとこと、よくあんなものを買いますね、といってやりたいのである。そう。村上春樹は買う買わないの作家なのである。いいたいことはまずこれである。
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村上春樹は小説家だ、読んでいないなら語る資格はなーい!! と息巻くハルキストのあなたにお伺いしたい。それではあなた、たとえばスーパーの店頭に並んでいるバナナならバナナ、それを全部試食させてもらってからさてどれを買おう? 、と考えますか? そこら中にあるラーメン店の全部でまず1度食べてみてからどこのラーメン店に入るか決めますか? 世界中の女か男かと付き合ってから世界で最高なのはキミ、とかほざいたりしますか? え? え? え? そんなことは現実的に不可能っしょ。
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で、私は店頭に並んでいる村上春樹の作品を見て「こりゃマズそう……」と思うわけである。なぜそう思うかといえば、もう村上春樹の顔を知ってしまっているからである。それから、なんだっけアレ、「高くて硬い壁と、壁にぶつかって割れてしまう卵があるときには、私は常に卵の側に立つ」(エルサレム賞授賞式でのスピーチ)みたいな、中学生でも尻込みするに違いないくらいのベタな発言を見てしまっているからである。小説家にあるまじき。
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このごろはこれらにさらに加えて、ベストセラー作家でいられるヤツ、というのが加わった。自分の書く本が何十万冊、何百万冊という単位で売れ続けてさらにまたその延長上にあるような趣向の小説を書く、なんてことがよくできますねえ、である。よく知らぬが。
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小説家にかぎらずクリエイターであれば、ここまで売れてしまえばふつうは躊躇し疑いを抱くものである。自我の拡散とか消費とか、ドッキリじゃないのか? とか。そこに一切無頓着なのは、あえていわせていただければ村上春樹のほかにただ1人、チンチンオブジェをつくり続けて数十年の草間彌生(87)くらいのものである。
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ああ、そういえばなんとなくだけれども村上春樹と草間彌生の創作態度は同類の感じがするではないか。リマール(58)の「ネバーエンディング・ストーリー」なんか鼻で歌いながら小さなとこからコツコツと。ええところに気ぃついたやないかい自分。作品ばかりでなく作家にも明晰を求める人間にはとてもではないが受け容れられない世界である。まあ極端な話、アウトサイダー・アート、アール・ブリュットみたいなものだともいえる。で、そういうのが好きなヤツもいる、そんなのばかりで本流を知らないヤツもいる、と。
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先ほどのスーパーでの試食、店先のたとえに戻る。私は「こりゃマズそう……」と感じるけれども、「スゴくウマそう!」と感じる人もたくさんいるわけである。これが。なぜ「スゴくウマそう!」と感じるのかといえば、いまはそういう仕掛けがたくさんあるからである。おっとここはマーケティングを指していっているわけではない。しかし最新作のカバーデザインはダッサすぎだぜ。もとい、よくいわれる多様性のなかの一点集中に向かってしまう個々の事情がおありなんだろうなあ、といっているのである。
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個々の事情はいろいろある。そのなかのイチバンはやはり、みんなすんごく忙しいってことだわよ、きっと。グールグルグールグル店先を冷やかして歩くヒマなんてとんでもない。時計は十分。ネットでも同じ。でもなんかやっぱりブンガクみたいの読みたいわよねえ、イマの、で向かう先が村上春樹なのである。
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村上春樹の作品がやたら長くてもセールスに成功しているのは、逆にこれ1冊だか2冊だか3冊だか、とにかくこの1作品を買っておけばしばらく大丈夫、と安心させてくれるからである。ステータス的にも物量的にも。完読できなくても、だって長いんだもん、いいわけは立つし。感想なんか誰も求めてこないし。村上春樹作品はとても忙しいあなたにこれ以上望めないほどの便利で重宝をお届けするのである。
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しかし、だがしかし。で、そういう方々がどれくらい忙しいかというと、たとえば【加藤浩次認めた「俺はやっぱりハルキストだわ」】という『スポーツ報知』(2017年3月2日配信)の記事が目先をかすめさえもしないほどに忙しいのである。ここまで事態が進展すれば自ずと先も見えてくる。
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おっと顔の話をしておくのを忘れた。私は全顔主義の創唱者カオリンなのである。人間は顔がすべてなのである。外貌だけに焦点を絞れば村上春樹の顔は若かりしころの片岡鶴太郎であり、羽田孜元首相であり、カピバラのそれであり、つぶらな瞳は亀田の柿の種である。唇はなぜかカレーパンマンを思い起こさせる。
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で、さらによく拝見していると、そこに極端な臆病と強烈な自己顕示欲が潜んでいるのがわかる。とくに柿の種のなかに。臆病と自己顕示のアンビバレンツ。うーん、誰かたとえを挙げるとすれば石原良純(55)みたいなもん。そして草間彌生である。このアンビバレンツは生涯にわたって村上春樹につきまとい生き方を狷介なものにするけれども、もちろんおのれへの評価には決して無頓着ではいられない。
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全顔主義は人相占いとは違う。しかし村上春樹の未来に関してはすでに見えているものがある。若いうち村上春樹は世間に見抜かれぬよう逃げ回ることに精一杯であった。その逃げ回った跡が村上春樹の迷路なのであろう。よく知らぬが。逃げ回るうち世間の騙され好き崇拝好きと商業主義に思いもよらぬ大物にまで押し上げられてしまったのである。
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ご身分が立派におなりになればなるほど誰かに見破られ傷つけられるのではないかという怖れはさらにたかまり、自己防衛の仕掛けも、つぎはぎのパッチワークのように重なっていくのである。分厚く、何重にも何重にも。で、最終的には肝心の中身はどこかへ消え失せてしまい、ボロのパッチワークそのものこそが村上春樹その人になるのである。たぶん村上春樹ほど騒がれ読まれた作家でも死後にはなんにも残らないのである。まったくなんにも残らない。
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ああ、今日は下ネタがチンチンオブジェの1回だけで終わってよかった。そういえば村上春樹の小説はセックスシーンが多いみたいだけれども、セックスを書けばなんとかなると思っているところが、セックスに特別な意味をもたせようとしているところが、ついでに読者サービスにも利用しようとしているところが全然ダメなんじゃない? 読んでないけど。憶測だけど。あ、ウンコは脱糞、もあったっけ。なんやかやとすまんのう。(了)
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